国鉄分割民営化を語る際に読むべき10冊(とちょっと)
(以下ではすべて敬称は略します。)
""大勲位""中曾根康弘が亡くなった。彼のなした仕事を語る際に、極めてしばしば言及されるのが、昭和62年の、国鉄分割民営化である。
現に、新聞でもSNSでも彼が没した11月29日以降、このことが話題とされてきた。しかし、印象論、あるいは理解不足による記述が散見される。せっかく分割民営化から30年以上の月日を閲し、1つの企業(あるいは組織)になってきたところで、国民がその是非を検討するよい機会であるのに、これは大変もったいないことである。
そこで、ささやかながら、国鉄分割民営化について語る際にぜひ読みたい本を以下に列挙する。本エントリを読まれた方の参考にしていただきたい*1。
1.当事者の声をきく
まずは経営側から。
JRで最大の経営規模を誇るJR東日本の社長を経験した筆者による。分割民営化までの苦労話と、JR東日本の取締役、代表取締役社長に就任してからの軌跡を描く。
JR東海で、分割民営化から今に至るまで一貫して取締役として同社に「君臨」する筆者による訓話集。老人の訓話だけあって、内容はやや重複し、かつ説教調であるが、国鉄改革の直前に職員局*2にいた切れ者らしく、筆致は鋭い。
※上記二著は、国鉄改革をリードした「改革派官僚」の手によるものであり、サクセスストーリーとして国鉄改革をとらえている。
国鉄を語るうえで欠かせないのが国労(国鉄労働組合)であり、また彼らが主導したスト権ストである。それをリードした「国労の大立者」、富塚三夫、武藤久へのインタビュー記録である。
素材は一級品ながら、その調理はまずい*3。しかし、国労のトップの声を今読むにはほぼこれに頼るほかはないであろう。
これを読むと、いかに「マル生闘争」*4がターニングポイントであったかがよくわかる。
国鉄改革―鉄道の未来を拓くために 日本国有鉄道再建監理委員会意見 (1985年)
- 作者:日本国有鉄道再建監理委員会
- 出版社/メーカー: 運輸振興協会・広報事業部
- 発売日: 1985/08
- メディア: -
国鉄再建監理委員会*5による提言書。国鉄を分割民営化するという方針を打ち出した本であり、松田は1冊目のなかで行革の手本と手放しで絶賛する。
巷間でよく出される「なんで6つに分割したの?」に対する答えの源流は本書34頁~46頁参照
中曾根康弘の追悼記事で「分割民営化に反対の総裁をクビにした」と書かれていたが*6、そのクビにされた総裁が書いた本。300頁を超える本で、国鉄総裁時代に割かれたページがわずか18(6%未満!)しかないことからも、国鉄総裁という立場の難しさが伝わってくる*7。
2.受け止めを読む
国鉄百年史の編著者である筆者が、国鉄分割民営化から1年のメモリアルに著した国鉄へのレクイエム。「国民のための国鉄」としてスタートしてから、投資が裏目に出たり、半身で社会に対したりした結果として業績を悪化させ国民から不信の念を持たれるにいたるまでを簡潔に概観する前半(約5分の4)と、このような挫折の要因を分析し、そのような挫折から生まれたJRへの不安と期待を述べる後半(約5分の1)に分かれる。
この本の真骨頂は、具体例をほぼ引かず、隠喩によって語られる後半にあるのだが、前半も非常に便利な国鉄通史であり、よくまとまった鉄道史である。
これらは2つで一冊。丁寧な取材と、そこからのときに大胆な推測により、当事者を飽きさせないスリリングなストーリーを描いており、「巨大組織」国鉄がなぜ葬られねばならなかったのかが彼なりの解釈で描かれてる。 一部界隈で話題になったのもむべなるかな。
主にJR東日本とJR東日本労組の暗闘を描いて、これも一部界隈で大きな話題となった本。同社の関係者が数多く登場する。
筆者はすでに『マングローブーテロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』を著して、国鉄改革の負の側面を浮き彫りにしていたが、本作はその後日談であり、国鉄分割民営化の一つの動機といわれる「国労つぶし」の結果として、JR各社(特に東日本・北海道・貨物を筆者は指摘する。)がずぶずぶの関係を持たざるを得なくなったJR東日本労、JR北海道労、JR貨物労の末路を描き、国鉄改革が生んでしまった強力な新左翼勢力に読者の注意を促す。国民の期待に添うように巨大インフラを維持するためには、社員を握る反社会的勢力一歩手前の者たちとも手を組まなくてはならないーこれも国鉄なき世界の一つの現実である。
JR化後も国労に残った者たちが舐めなくてはならなかった辛酸を書いた本であると同時に、国労がいかに大衆運動から遊離した(跳ね上がった)ところで運動していたかがよくわかる。冒頭の「一九八七年四月一日、多くの国民の声を無視して、国鉄が分割・民営の新会社に移行しました」だけを読んでも、若干めまいがする。
3.利用者の声
植田まさしは人の生態-殊に醜い生態-を描くことに関しては天才的であると思う。末期国鉄の断末魔的状況を生き生きと(?)描く漫画である。この本に登場する国鉄職員はおしなべて態度が悪い。今の慇懃無礼なJR社員とはそこが異なる。
また植田の目は国鉄当局と国労の対立にも及ぶ。それを描いた傑作を二枚引用したい。
本当は、あと3冊ほど紹介したがったが評者の根気と体力が尽きた。それらの紹介はまたいずれ…。
*1:「これが欠けているぞ」との指摘は随時受け付けています。
*2:人事一般を司る、国鉄内でも非常に重要な部局。なぜ重要であるかは後述。
*3:インタビューの間にしっかりと断りを入れずにインタビューアーの私見を記載した文章を挿入してみたり、「私の本のここを参考にしてほしい」と富塚が述べたとき、富塚の著書の該当箇所を勝手に編集する等。
*4:詳細を書くことはできないが、労使の戦いにより疲弊する現場を見かねた国鉄当局が掲げた「生産性運動」を巡る労使の攻防。結果的には労働者側が「完勝」ともいえる勝利を収めた。
*5:中曾根首相が国鉄再建臨時措置法に基づき設置した民間人を起用した委員会。土光臨調の国鉄版と言えよう。
*6:読売新聞2019年11月30日朝刊