毛竹齋染垂の鉄道図書感想文

鉄道書読みの鉄道知らず

鉄道運賃のダイナミック・プライシング?-法的な観点から

0.はじめに+コース別の読み方指南

JR東日本が運賃のダイナミック・プライシングを検討している旨が報道された*1

 これを見たときに真っ先に浮かんだ疑問は「これ、現行法の枠内で可能なの?」だった。鉄道は、多少緩んだとはいえ、今でも多くの規制が存在する規制産業である。鉄道運賃にも古くから極めて強い規制がかけられていた。本稿では運賃を巡る規制を概観し、現行法上JR東日本の施策が可能か、法的な観点から検討したい。

★コース別の読み方指南

(1) 別に急いでいない:1.から順番にどうぞ。脚注はほぼ読まなくていいです。

(2) ちょっと急いでいる:1.→3.→4.→5.の順番にどうぞ。

(3) いいから早く結論を言え:1.→5.の順番にどうぞ。

(4) 絶対に筆者は間違っているに違いない。:脚注も含めてどうぞ。

1.運賃とは何か ~どこまでが運賃でどこまでが料金?

 鉄道事業法上、鉄道に乗るときに、我々が支払う対価は、「運賃」と「料金」に大別される。「運賃」とは、

 基本的な輸送そのものの対価

のことをいうとされる*2。これに対して運賃は、

〔運賃〕に付け加えられるサービスの対価

をいうとされ*3、噛み砕いて言うと、

  • 運賃:列車に乗るために支払うお金。
  • 料金:有料の特急に乗るため、座席を指定するため、グリーン車に乗るために必要なお金。

となる。今回の報道を見ると、JR東日本が改定を試みているのは「運賃」であるということであるから、「料金」は本稿のスコープからは外す。

2.【お急ぎの方は飛ばしてください】他の旅客運送業で運賃の規制はどうなっているか

鉄道の運賃を考える前に、他の旅客運送での運賃の規制がどうなっているかを見てみよう。それらと鉄道の制度を比べてみれば、鉄道運賃が他の旅客運送で採用されているような運賃制度を容易に採用できるのかが分かるだろう。

※なお、以下の各交通手段にも、上記のように運賃と料金の差があり、その違いは上記とおおむね同一である。これからは運賃についてのみ注目する。

(1) 航空~ダイナミック・プライシングの元祖

運賃の変動幅が大きな輸送手段といえば、やはり航空であろう。LCCはもちろんのこと、JALANAのような航空会社も様々な割引サービスを持ち、定価はあってなきが如しの感がある。

航空運賃に規制をかけているのが航空法105条1項である。

航空法105条1項

本邦航空運送事業者は、旅客及び貨物(国際航空運送事業に係る郵便物を除く。第三項において同じ。)の運賃及び料金を定め、あらかじめ、国土交通大臣に届け出なければならない。これを変更しようとするときも同様である。

※本邦航空事業者=国土交通大臣から航空運送事業を経営する許可を受けた者。航空法100条1項、102条1項

このように航空運賃は事前届出制を採用し、同法105条2項は、

2 国土交通大臣は、前項(引用者注:上記の105条1項)の運賃又は料金が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該本邦航空運送事業者に対し、期限を定めてその運賃又は料金を変更すべきことを命ずることができる。

  1. 特定の旅客又は荷主に対し、不当な差別的取扱いをするものであるとき。
  2. 社会的経済的事情に照らして著しく不適切であり、旅客又は荷主が当該事業を利用することを著しく困難にするおそれがあるものであるとき。
  3. 他の航空運送事業者との間に、不当な競争を引き起こすこととなるおそれがあるものであるとき。

 とあるのみで、逆に言えば、上の1.~3.に該当しない限り変更を命ずることはできない。しかも、列挙されている事項は、基本的には利用者にとっての不便益がないかという観点によるもののみであり、航空会社が十分な経済的利益を得られるかという観点から運賃の変更はできない*4

平たく言えば、航空会社は、1.~3.に該当しない限り、赤字覚悟の出血セールを行うことも、条文上は妨げられないのである*5

 

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平成30年度の羽田ー新千歳線の運賃設定状況(https://www.mlit.go.jp/common/001258940.pdf より引用。)時期によって差が顕著である。

(2) 路線バス~難物

路線バスに関しては、平成13年の国交省自動車局長通達(国自旅第118号「一般乗合旅客自動車運送事業の運賃及び料金に関する制度」*6)がある。

ここでは、上記通達にある「路線定期運行を行うバス」のうち、一般バスと高速バスを「路線バス」と呼ぶ。

①通常の運賃

さて、「路線バス」の運賃を規制しているのは、道路運送法9条1項である。

道路運送法9条1項

一般乗合旅客自動車運送事業を経営する者(以下「一般乗合旅客自動車運送事業者」という。)は、旅客の運賃及び料金(旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定める運賃及び料金を除く。以下この条、第三十一条第二号、第八十八条の二第一号及び第四号並びに第八十九条第一項第一号において「運賃等」という。)の上限を定め、国土交通大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも同様とする。

 このように「路線バス」運賃は上限認可制を採用し、その基準は同法9条2項にある、

2 国土交通大臣は、前項の認可をしようとするときは、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであるかどうかを審査して、これをしなければならない。

※下線は筆者

 とされている。これは航空運賃にない特徴で、「路線バス」の運賃の上限は、各事業者に適正原価の上に適正利潤を得させるものでなければならないとされている。

そして、同法9条3項で

3 一般乗合旅客自動車運送事業者は、第1項の認可を受けた運賃等の上限の範囲内で運賃等を定め、あらかじめ、その旨を国土交通大臣に届け出なければならない。これを変更しようとするときも同様とする。

 と定められ、実際に旅客から収受する運賃は事前届出制を採用している。この届け出られた運賃について、同法9条6項は

6 国土交通大臣は、第三項若しくは第四項の運賃等又は前項の運賃若しくは料金が次の各号(第三項又は第四項の運賃等にあつては、第二号又は第三号)のいずれかに該当すると認めるときは、当該一般乗合旅客自動車運送事業者に対し、期限を定めてその運賃等又は運賃若しくは料金を変更すべきことを命ずることができる。

  1. 社会的経済的事情に照らして著しく不適切であり、旅客の利益を阻害するおそれがあるものであるとき。
  2. 特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき。
  3. 他の一般旅客自動車運送事業者(一般旅客自動車運送事業を経営する者をいう。以下同じ。)との間に不当な競争を引き起こすおそれがあるものであるとき。

と、航空運賃に対する規制と同様の規制が置かれている*7

なお、「路線バス」の場合、この運賃の上限認可は、

  • 片道普通旅客運賃
  • 通勤/通学定期旅客運賃
  • 普通回数旅客運賃

ごとに定められ、事業者は上記の運賃ごとに実際に旅客から収受する運賃を届け出るものとされている。航空と比べて非常に細かい規制である。

②割増運賃(上限運賃の水準に関する特例)

「路線バス」の場合、上記の上限運賃をさらに上回る上限運賃を設定できる例外が複数定められている。

そのなかでも重要なのが「特殊割増」の制度である。

国自旅第118号「一般乗合旅客自動車運送事業の運賃及び料金に関する制度」

Ⅱ.上限運賃及び実施運賃

第3.上限運賃の水準に関する特例

4.割増運賃

(2)特殊割増

イ.  次に掲げる場合は事情に応じて、特殊割増を適用しても差し支えない。割増率は、それぞれ当該路線の運送原価、旅客の運賃負担力、他の交通機関との関連等を勘案のうえ、定めるものとする。

  1.  深夜早朝(原則23時以降5時まで)の間にバスを運行する場合
  2. 登山、スキー、スケート等の観光客を対象にバスを運行する場合
  3. 劇場、野球場等の一時的な需要に応じてバスを運行する場合
  4. その他特殊な路線であって当該路線の運送原価が他の路線に比較して著しく高い場合

 都市圏にお住まいの方は、深夜時間帯になると運賃が2倍の深夜バスを見たことがある方もいるだろう。深夜バスが可能なのは、このように通達上上限運賃を特に増やすことができる旨が記載されているからなのである*8

3.鉄道運賃の規制はどうなっているか

では鉄道運賃の規制はどのようになっているのか。2.で見てきた他の輸送手段との比較もしながら、その特殊性を見ていきたい。

鉄道運賃を規制しているのは鉄道事業法16条1項である。

鉄道事業法16条1項

鉄道運送事業者は、旅客の運賃及び国土交通省令で定める旅客の料金(以下「旅客運賃等」という。)の上限を定め、国土交通大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

 このように、鉄道運賃は上限認可制を採用し、その基準は同法16条2項にある、

2 国土交通大臣は、前項の認可をしようとするときは、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであるかどうかを審査して、これをしなければならない。

※下線は筆者

  とされている。これは「路線バス」の運賃の上限と全く同じで、各事業者に適正原価の上に適正利潤を得させるものでなければならないとされている。

そして、同法16条3項で

3 鉄道運送事業者は、第一項の認可を受けた旅客運賃等の上限の範囲内で旅客運賃等を定め、あらかじめ、その旨を国土交通大臣に届け出なければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

 と定められ、実際に旅客から収受する運賃は事前届出制を採用している。この届け出られた運賃について、同法16条5項は

5 国土交通大臣は、第三項の旅客運賃等又は前項の旅客の料金が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該鉄道運送事業者に対し、期限を定めてその旅客運賃等又は旅客の料金を変更すべきことを命ずることができる。

  1. 特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき。
  2. 他の鉄道運送事業者との間に不当な競争を引き起こすおそれがあるものであるとき。

 と、一部規制されている*9

また、回数券について、国交省文書*10によると、

回数旅客運賃や運賃及び料金の支払いのためのプリペイドカード等の割引や、適用する期間、区間、その他の条件を定めて行う運賃・料金の割引も割引率に関係なく届出でよいとされています。 

※下線は筆者

 と記載され、「路線バス」でみられたような細かい規制はなく、運上限運賃の範囲内であれば国へ届出さえすれば(そしてそれが上記鉄道事業法16条5項の規制対象に当たらなければ)、実際に行えるということを意味している。

4.時間帯別料金は可能か

上記に記載のとおりであるので、鉄道事業者は上限の範囲内であれば、どこまでも自分の判断で運賃の割引をしてもよい

運賃に差をつけるといっても、時間帯により差をつけることまでできるのかと疑われる方もおられるだろう。しかし、実は、すでに時間帯別料金制度はわが国でいくつか行われている

(1) 時差回数券

いわゆる「時差券」と呼ばれたもので、ラッシュアワーを避けて利用すれば運賃がお得になるというもので、JRに限っても、かつてJR西日本は昼間特割きっぷ*11のような、割引率の大きな切符を発売していたことがあった*12

(2) ポイント還元

現在のJR西日本東京メトロでは、ICカード乗車かつオフピーク通勤を行うことでポイントを付与することで実質的に運賃を値下げする方式をとっている*13

5.【とってもお急ぎの方はここだけどうぞ】結論

従って、結論を言えば、

  • 法的には時間帯別運賃を制約するものはない。
  • しかし、航空のように完全な事前届出制でもない。JR東日本のいうダイナミック・プライシングがラッシュ時間帯の運賃値上げを伴う(=現状認可を受けている上限を突破する)ものであるとしたら、もう一度認可を取り直さなくてはならず、航空ほど自由に運賃を設定できるのでもない。
  • また、「路線バス」のように時間帯別運賃を定めることが予定されているのでもない。届出で済むとはいえ、ダイナミック・プライシングを導入する必要性を事前に国に説明するのは少し大変かもしれない。

ということになるのではないか。その方法としては、suicaを利用した者にJREポイントを還元するJR西日本東京メトロ方式が有力であろうが、どこまでするのか(定期券の運賃まで反映するとなると、割引率の基準とされていた旧国鉄運賃法による割引率を変えることになり、旅客・国への説明は容易ではないだろう。和久田・前掲注2・85頁)によっても、導入する際のハレーションは大きく変わってくるのではないだろうか。

今回はあくまで速報版の記事(にしては遅いやんけ!というのはその通りです。)なので、以上の内容で報告とする。

*1:https://www.fnn.jp/articles/-/60582

*2:和久田康雄『やさしい鉄道の法規〔四訂版〕』(成山堂・1999年)78頁

*3:和久田・前掲79頁

*4:ちょっと専門的な注:届出制という極めて規制の小さい方法が用いられていることからすれば、航空法105条2項に列挙された1.~3.の各号を例示列挙とみる余地はなく、限定列挙とみなすべきであろう。すなわち、ここでは行政庁の裁量は非常に収縮しているとみるべきであり、各航空会社は届け出た内容どおりの運賃で経済行為を行い得て、極めて例外的な場合にのみ変更を命ぜられることとなる。

*5:ちょっと専門的な注:この結論は、以前は、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えて算定する統括原価方式が採用されていたが、平成6年(1994年)以降その方式が明確に採用されなくなったことからも支持される。

*6:https://www.mlit.go.jp/common/000229559.pdf

*7:ちょっと専門的な注:上限が適正原価+適正利潤で画されるとしても、実際の運賃の規制は上記の1.~3.であって、必ずしも適正原価+適正利潤になっている必要性はないように見える(上限は地域を独占するゆえに高額の運賃を貪ることへの警戒感が立法の趣旨であることは疑いない。)。ただ、「路線バス」は、

  • 参入時に資金計画が見られること(道路運送法6条2号、国交省自動車交通局長通達国自旅第72号別紙1項(9)号)
  • 航空と異なり敢えて上限を画するものとして適正原価+適正利潤は得させようとしていること、及び
  • 9条6項1号の「社会的経済的事情」には「路線バス」事業者がろくに利益を得られない運賃体制を敷いたときに発生しかねない事故の予防の観点も含まれていると解されることから、

出血覚悟の赤字競争は「路線バス」の場合はできないものと解したい。

*8:ちょっと専門的な注:なぜ2倍としている事業者が多いのか?というと、通達のこれに続く部分で、

ロ.  割増率が上限運賃額の2倍程度までについては、他の交通機関との関連や旅客の運賃負担力等を勘案の上、割増率の算出基礎の添付を省略できるものとする。

と書かれているためである。つまり、2倍までであれば、「路線バス」事業者は申請が簡単なのである。

*9:ちょっと専門的な注:ここでは航空・「路線バス」への規制 とともに異なり、社会的経済的事情による規制は予定されていない。これが条文上敢えて外されていることの理由は、大急ぎで改正時の議事( 日本法令索引)を読んだ限り、よくわからなかったが、議事録では「事業者の創意工夫によりまして利用者のニーズに弾力的に対応した多様な運賃料金の設定が迅速に行われる」(国会会議録検索システム)ようにすることが、鉄道運賃の上限のみを規制する法改正の趣旨であるとされていることから、社会的経済的事情による制約を国ができるようにすると、そのような競争を制約しかねないと考えられたのかもしれない。

もっとも、その事情は航空・「路線バス」も同様のはずではあるので、鉄道だけ運賃設定を他の手段に比べて自由にする理由はあまりないようにも考えられる。さらに考えたい。

*10:https://www.mlit.go.jp/common/001007670.pdf

*11:「昼間特割きっぷ」の発売延長とその後の発売終了について:JR西日本

*12:和久田・前掲注2・85頁にも同様の指摘がある。

*13:なお、上記の運賃制度は平成12年以降ほぼ変化はなく、時差券からポイント還元への移行は法律上の規制の変化によるものではなく、単に鉄道各社の施策の変化によるものである。