毛竹齋染垂の読書感想文

貴下の机下に提出す

L.A.T. 急襲!松北高校法律相談部 (1)

 

  4月という法学入門の時期でもあることから、(本エントリを見ている人なんてだれもいないことを十分に分かった上で)思ったことを二三書きたいと思う。

 結論から言うと、本書は、法的リテラシーを身に着けるためにはよくできた教材なのではないかと思う

 見れば分かるように、本作は法律を舞台にしたラノベ作品である。所謂「上三」("お受験"業界で、憲法民法・刑法をする指称する語)に一通り触れようと苦心された跡がうかがえる。尤も、憲法は、主人公氏の口癖(『健康で文化的な最低限度の生活』)などに登場する切であって、基本は刑法と民法で構成されている。なお、ネタバレにならない程度に事件の内容を書くと、

第1条(1話目)権利能力の意義<総則>・詐欺罪の成否

第2条(2話目)贈与<債権>・即時取得<物権>・親権の内容<親族>・横領

 …こうしてみると、民法は相続法を除く全分野(総則・物権・債権・親族)に一通り触れられていることに気づく。高校生が出合いそうな法律問題なので、当然不動産物権変動も担保物権も債権総論も登場しない。高校生を主人公とする法律ラノベの限界、といえばそうも言えようが、これらが「技術的」*1な法であり、飽くまで法リテラシーを身に着けるうえでは不要である、ということであれば、確かにそうでもあり*2、これを以て本書の劣った点に挙げることはフェアーではあるまい。

 amazonレビュー(https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4865290k524/hatena-blog-22/#customerReviews)にもある通り、本作には異能の才を持つ者は出てこない*3。純然たる法律論を戦わせ、相手を説得する、という流れになっている。ここも、法学入門ラノベとしてはよいと思われる。

 法律論の中身はどうか。まず民法。囲み記事で最低限の法律知識のフォローがされてはいるものの、ラノベの疾走感の中で、全部を説明することは困難であり、恐らく知識がない者が読むと「よく分からんがそういうもんか」程度の理解しか得られないのではないかとも思われる。

 その代わりなのであろうか、本書は近代私法の基本原則をしつこいくらいに確認する。一寸新鮮な気がした。というのは、評者がその昔法学部の法学入門で聞いた講義では、近代私法の基本原則を教わったことはなく、また、個人的にも現代においてこの原則を強調することにそれほどまでに意義を感じないからである。本書で取り上げられる事案は、確かに民法の世界から見れば超・正統派な事案であり、近代私法の基本原則がよくあてはまるが、その基本原則の溶融ははるか昔から語られているのである。

 とはいえ、無論勉強すること自体が無意味なのではない。「制度趣旨に基づく思考」はリーガルマインドの中核的内容をなす。本書に登場する各条文のいくつかは、基本原則と結び付けて語られているが、これはこの「制度趣旨に基づく思考」の練習の練習としての役割を果たしていることとなっている。

 次に刑法。各論がメインで総論は申し訳程度にしか触れられていない。筆者は刑法が嫌いなんですかねぇ…?でもお名前は刑法学者なんですよねぇ…。これについては蛇足をご覧ください。

 法律を支えるのは人、という点が強く押し出されているのもよい。これは、本書を扱った他のブログで多く触れられているので、そちらを参照。

 結局、法律を専門に勉強する(つもり)の者が、本書の内容で満足されては困る。しかし法律って何ですか?という者には本書を与えて、「まぁ、こんなところです」ということに、少なくとも評者は抵抗を感じない作品になっていると思われる。2巻も買います!

↓ 以下は蛇足です。

 <蛇足>

 登場人物のお名前、全部刑事法学者なんですよねぇ。

団藤法助→團藤重光先生。刑法・刑事訴訟法学者、元東京大学名誉教授、元最高裁判事

田宮裕次郎→田宮裕先生。刑事訴訟法学者、元立教大学教授

平野美龍→平野龍一先生。刑法・刑事訴訟法学者、元東京大学名誉教授

渥美涛子→渥美東洋先生。刑事訴訟法学者、元中央大学名誉教授

瀧川幸希→瀧川幸辰先生。刑法学者、元京都大学名誉教授

大谷瑠美乃→大谷實先生。刑法学者、元同志社総長

前田雅→前田雅英先生。刑法・刑事訴訟法学者、日本大学教授

※なお、吉井太助の元ネタが分かりません。だれか教えてください。

…外にも、大谷先輩が作っている同人誌が『エキサイティング』だったり(もちろん、大谷・前田の『エキサイティング刑法』にちなんでいると思われる)、彼女と前田くんの趣味がコスプレだったり(「お前らの学説なんて平野・團藤・大塚・福田あたりのコスプレだろ」という辛辣な当てこすりにも読める)と、個人的にはとてもツボでした。確かに渥美先生はドSそう、とか、瀧川先生ってこんな癒し系だったっけ*4、など、本筋ではないところも楽しめる。ここも、特に法学クラスタ諸氏には、この本のオススメポイントの一つとして挙げてもよいだろう。

*1:道垣内弘人・担保物権法、中田裕康・債権総論ともに、自著の扱う分野が技術的であることを認めている

*2:大村敦志・新基本民法のコンセプトと概ね軌を一にする

*3:いや、高校生で予備試験を受けている先輩はどうなんや、という話はあるが、『憲法ガール』のトウコちゃんは高校生で司法試験にも合格している設定でしたし、そこまで浮いているとは言えない…とも思います。

*4:伊藤孝夫『滝川幸辰―汝の道を歩め』を読む限りでは、結構やんちゃそうである。